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生きてると「◯◯ってことか!」の連続。

英語でスロバキア語なんて習うもんじゃない

ブラチスラヴァのコメニウス大学で3週間にわたって毎年開催されるサマースクール、その名もSAS(スロバキアアカデミースタジオ)に参加してきた。

 

スロバキア語どころか英語力の皆無の私がそんなところにひとりで通って苦労しないわけがない。とそんなことはわかっていたんだけど、私にとって辛いのはそんなこと以前に学校が向いていないことだった。

 

思い起こせばこの人生まともに学校生活に馴染めたことがなかった。切り取られた箱の中で自由に人間関係を作るというのは、根が陰キャラの私にとって大変時間のかかる作業であって、学校生活を楽しむという段階にいくのにはそれなりの時間を要する。

 

なので参加していた間はひたすら授業に集中した。しかし欧米ハイテンションで進んでいく英語での授業はついていくのに必死だった。それはそれは必死だった。スロバキア語に関しては周りの外国人も初心者レベルなので、予め結構予習していた私のほうが初めは理解していた。でもそれも初めだけで、英語がペラペラの彼らにとっては、スロバキアの文法なんかそこまで難しいものではなくキチガイなほど種類の多い格変化だって一週間もすればマスターしていた。

 

結局初めの一週間しか理解は追いつかず、あとは雰囲気でやり過ごした。優しい外国人がたまに話しかけてくれても表面的なコミュニケーションしかとることが出来ず、深い仲になれるわけもなかった。あれから一ヶ月以上経ったが、今思い出しても精神面においてこの旅で暫定一位の苦行であった。

 

だけど、辛かったぶん少しはスロバキア語の基礎と、ネイティブが多用する英語表現の聞き取りはできるようになった。でもやっぱり本気で語学を習いたいなら、一年間はみっちり逃げずに勉強するべきだと思う。残念ながら私は今後、語学を駆使した仕事をする気はまったくないのでこれ以上語学学校に通うのは向いていないしやめておく。

 

今回の教訓は、二兎を追う者は一兎をも得ずということで、特に語学なんてじっくり時間かけて習うべきものは、英語もできないのにいきなり英語で第三言語を習おうなんて横着な発想はせずに目の前の英語から潰していくのが正解。

 

あとは自分にとってそれがもっとも適した手段なのか、自分の心で見極めないといけない。そんなことがわかっただけでも良かったと思う。

 

というわけでサマースクールを終え、スロバキアから半ば逃げるようなかたちで、何のあてもなくハンガリーに向かったのだが、そこでも珍事件が起こりまくるので、また追ってしたためることにする。