Petržalka

都内で雑誌やwebメディアの編集・ライターをしています。ときどき旅にでます。

雑記

目的と手段

スタバで、自分以外の人がみんな学生さんで、みんな勉強していて偉いなー、と眺めながら考えていた。目的と手段がごちゃ混ぜになっていて、それをするのはなんでだったか、わからなくなることは多い。よく、大学に行くために勉強しているってことがあるけど、大学に行くのは目的ではなくて手段だ。大学は人生の最期に入る保養施設ではない。それと同じで健康になるのも目的じゃない。やりたいこともないのに必要以上に健康になろうとする意味はない。ってよく思う。でもそれなら、私の今の目的は何かなと考える。仕事は、理想の生活をおくるための手段だ。理想の生活ってなんだ。根底にあるのは、楽しけりゃいいかなってことだ。毎日楽しくて、小さくても幸せだと思える瞬間がいくつかあって、それを分かち合える相手がいればいい。そのためには、やりたくないことをやってストレスを抱える毎日を送るのでは違うし、好きなことを仕事にしなくてはならない。

 

 

やりたいことがない

実は周りを見渡すと、一番多い悩みのような気がする。何をしたらいいかわからない。私に至っては、趣味も特技も特に無いので、この悩みはすごく深刻だなと思っていた。今は、何かものを書くことを仕事にしよう、と決め込んで生きている。別に、センスも才能もないことは自覚している。でも、何か世に発信するとかでなくても、たぶん日記とか、手紙とか、何かのかたちで文を書くことだけは続けているし、たぶんこれからも続けていくと思うので、逆にこれくらいしか自発的にやりたいことがないし、これを仕事にしようと思っている。結構むりやり、自分を肯定するためだけにやっている。

 

 

楽しいと思うことをやるだけ

最近、インタビューの仕事をしていて気づいたことがある。携わっているメディアが、『働き方』に焦点を当てているので、社長とかアーティストとか、自分のやりたいことを仕事にしている人にインタビューする機会が多い。そういった人たちに、これから実現したいこと、とか自分のポリシーは何か?という質問をすると、ほぼすべての人が共通して答えることがある。それは、ただ自分が楽しいと思うことをやっていくだけ。ということ。

 

あれ?っと思ったのは小さなことだけど、やりたいこととかしたいことではなくて、楽しいと思うことっていう言葉だった。“やりたいこと”のハードルがぐっと下がったような気がしている。やりたいことの判断基準が楽しいか楽しくないか、たったそれだけで、すごくシンプルになった。絵本作家で友人の三岡さんはいつも、自分が笑ってるかどうかがその判断基準だと話していた。何かをやる、と想像したときに自分が笑っているかどうか。極端な話、やりたいことなんかなくても、今の生活を振り返って、自分が笑っていればそれでいい気がする。

 

 

自分の中に価値基準を持つ

幸せかどうか、とかやりたいことをやっているか、とかっていう言葉に自分を当てはめるとき、出てくるのは必ず他者の存在で、世間が決めた幸せモデルや、身近な誰かと自分を比べたりする。それで、他人の意見に揺さぶられて、自分が見えなくなる。いつも、自分を評価するのは自分でいい。だって、誰かのために生きているのではない。自分は自分のために生きている。だから、自分の心が満たされる生き方をすればいい。もっと言えば、自分の心を満たせるのは自分しかいない。

 

ずっと、誰かのために生きなくては、と思っていた。なんておこがましかったのだろうと思う。存在もわからない“誰か”のために生きるなんて、こんな空虚なことはない。自分が見えていないから、他人の評価を気にするしかない。

 

 

自分を評価する基準はいつも自分の中にある。

 

 

ナンセンス絵本を描く三岡有矢音さんは、

私にとっては売れることより「こんな変な絵本をつくってる変な人がいるんだ。じゃあ変な自分でも生きてていいんだ」なんて思ってもらえたら、こんなに嬉しいことはない。

と言っている。

 

 

 

まだお会いしたことはないけど、画家のRIEさんはこう言う。

高名な画家や評論家に「すばらしい」と言ってもらえる絵よりも,「RIEの絵を見て,心が温かくなったよ!笑顔になれたよ!」と言ってもらえる人の心に届く絵を,死ぬまでに一枚でも多く描きたいと思っています。あなたが私の絵を見て,「すばらしい作品だ」と言うよりも,笑顔を通して生まれる心の豊かさに気付き、その温かい気持ちを「大切な人」に向けて下されば嬉しく思います。

 

 

 

お二人とも、たくさんの人に認められることよりも、まずは自分の納得する生き方をすること、が原点にある。

 

 

 

私は最近、誰かの心を動かしたいとか、感動させたいとか、人の役に立ちたいとか、って思うことをやめた。私は私の好奇心を満たすために、インタビューをするし、気になることを聞くし、経験のために働いて、楽しみのために書く。そういうふうに生きるようになってから、心から応援し合えるような人たちに出会えるようになった気がする。