11月は、雨宮まみさんのことを思い出す。
たぶん、これからも毎年だと思う。
まみさんの書いたものを読んで、救われたことは何度もある。たぶん私だけではない。
それは、力強く、優しさがあって、だけど弱いことも認めていて。この人の書いてくれる文があればこの先も生きていけるな、と思った。
そんなふうに感じた頃、雨宮まみさんはこの世からいなくなった。
11月、そのことを思い出して、空を見上げて、ふと思った。
まみさんは使命を全うしたから、この世からいなくなったのだろうか。
私のような弱い人間に、生きぬく力をくれた。人の死は、きっとどのようにも納得できない。残された人が決めることなのか。わからない。
だけど、雨宮まみさんのように優しい人がいたということ。優しい人の書く文章から、力をもらったこと。そのことは、間違いなく私にとって、意味のあるものになった。
一人の人間は、星座のように、どこかで見えるか見えないかの線でつながっていて、孤独を慰め合い、見守り合い、互いの孤独な戦いの美しさを、讃えあっているのである。