Petržalka

都内で雑誌やwebメディアの編集・ライターをしています。ときどき旅にでます。

人生最後の怒涛の連勤生活を経て

11月と12月のまるまる二ヶ月間、スロバキアのラーメン屋でバイトをした。

 

スロバキア語はおろか英語すらつたない私に、仕事は務まるのか不安だった。

しかし、スロバキア人のオーナーは快く受け入れてくれた。

「明日からでもいいよ!毎日でもいいよ〜!」という適当ともとれるノリの良い一言に甘え、可能な限りシフトに入れてもらった。

 

時給は4ユーロで、朝からラーメン、炒飯、餃子の仕込みをする。驚いたことに、3日目からは鍵を渡され、ひとりで仕込みを担当した。私なんかで務まるのか、という不安は始めの一週間だけだった。

キッチンの仕事は覚えてしまえば言葉がわからなくてもこなすことができる。

 

しかし、半年以上のニート生活を経てなまりきった身体に、突然の肉体労働×連勤は多少無理があったように思う。身体の疲れに慣れてきた頃には、単調に続く毎日に限界を感じていた。

 

でもこの二ヶ月間がいちばん、スロバキアで暮らしをしたなという実感がある。期間は短いけれど、日本との違いをたくさん知ることができたし、何より自分自身のことを知ることもできた。

 

私は早起きが苦手だ。早起きは三文の得をするっていうのは、何かその日予定がなかったりとか、好きなことをするために早起きをするときのことである。

 

あと、連勤もきらいだ。世の中には、決められた仕事を毎日きちっとこなすことが得意な人がいるのだから、そういう仕事はそういう人たちに任せておけば良い。

 

だけど、スロバキア人は日本人よりも、主体性をもって働いている感じがして、マニュアル通りに料理をするキッチンの仕事でも、それなりに楽しさを見出すことはできたなと思う。

 

怒涛の連勤生活という日々が、この人生においてはこれが最後であることを願う。